顕本寺

基本情報


ここに画像

所在地 宗派 設立者 現在の状況
大阪府堺市堺区
宿院町東4-1-30
法華宗(本門流)  日隆 三好元長の墓が現存

主な関連人物
三好元長・三好長慶



沿革

  
  宝徳3年(1451年)日隆が篤信者たちの寄進を受け建立
  天文元年(1532年)に三好元長が一向一揆に攻められ自害
  弘治2年(1556年)元長の25回忌として三好長慶らにより法華千部法要が行われた
  元和元年(1615年)の大阪夏の陣で焼失、その後、現在の場所に移り再建。
  昭和20年(1945年)に戦災で焼失、昭和33年(1958年)に再建、平成に入り新本堂建立。


詳細


  創建当時の場所は甲斐町東山之口筋付近にあったと言われている。
  開口神社(あぐちじんじゃ)の西南に隣接する位置にあった。
  現在、開口神社の境内には三好元長の自害した場所として石碑が建てられている。

  天文法華の乱において顕本寺は10万人の一向一揆衆に囲まれ
  三好元長は切腹のとき自分の腸を天井に投げつけ果てたと伝わっている。
  元長に続き多くの家臣たちが自害している。

  三好元長のほかに、高三隆達(たかさぶりゅうたつ、隆達節歌謡の祖)の墓がある。

  2012年6月20日に第一回 元長忌(げんちょうき)が執り行われた。
  三好元長の法要とゲストを招いての記念講演、懇親会などを行っている。
  以後毎年、元長の旧暦の命日に近い週末に開催している。


アクセス


阪堺線「宿院」下車

設備


  駐車場あり(詳細不明、事前確認するのが望ましい。)


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  • 最終更新:2015-02-18 23:27:47

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